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錫淵香合

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錫縁香合

錫淵香合(すずぶちこうごう)は、身と蓋の合わせ目の口の周縁を錫(すず)で縁取りした漆器の合子を云ったもののようです。
錫縁(すずぶち)は、箱と蓋(ふた)の合わせ目の縁を、保護と装飾を兼ねて、金、銀、錫などの金属板で覆い包んで縁取りしたものを置口(おきくち)といい、その置口が錫(すず)のものをいい、白鑞置口ともいいます。
錫縁香合の多くは、薫物箱、白粉箱、歯黒箱などの小箱から見立てられたもので、茶会に使われるようになるのは慶長(1596〜1615)頃からと考えられおり、会記に現れるのは『槐記』享保十六年(1731)2月23日に「錫の合口」とあるのが初出といいます。


『宗湛日記』慶長二年(1597)酉三月朔日朝千紹安會に「香合 丸シ、巻繪アリ、古シ」とあります。
『槐記』享保十六年(1731)二月二十三日に「御香合 東山時代、少シ長ミアリテ、粉蒔繪、錫ノ合口ナリ、甲ニ鶴ヲ青貝ニテ蒔繪ニ松ノ折枝ヲ啣ヘタル圖アリ、松くひの鶴ト云由ナリ、裏ハ松ノ枝バカリナリ、目出度模様ノ由、御客ニモ御挨拶アリ」とあります。
『和漢三才圖會』正徳二年(1712)成に「白鑞 しろめ びやくろふ 俗云之呂女錫上品者名白鑞與此同名異品也」とあります。
『茶道筌蹄』文化十三年(1816)著に「蒔繪。聖武時代は奈良の都也。保元時代は崇コ院御時代。鎌倉時代は頼朝時代。尼将軍の十二手箱と云ふものあり、丸形大二の小二つ、長角二つ、角二つ、鏡の巣大二つ小二つ、合せて十二品、當時世上に出たるは吹れ楓にませがきに菊也。東山時代は義政将軍時代。信長公時代。太閤時代。聖武時代より太閤時代までは皆蒔繪もの也。」とあります。
『本草綱目』に「錫(拾遺) [釋名]白鑞(音臘)、鈏(音引)、賀。時珍曰、爾雅、錫,謂之鈏。郭璞注云、白鑞也。方術家謂之賀、蓋錫以臨賀出者為美也。」とあります。

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