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存星香合

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存星香合

存星香合(ぞんせいこうごう)は、明代の填漆(漆を充填するという意味)による漆器の合子を云ったもののようです。
存星(ぞんせい)は、中国で明代初期に始まったとされる填漆(てんしつ)という漆器技法の日本における呼称で、存清とも書き、器胎に彩漆を厚めに塗って研ぎだした素地の表面に、色漆で文様を描き、漆が乾いてから刀で輪郭・細部を線彫りし、彫口に別の彩漆を埋め込んで研出すもので、明時代の前半の宣徳期に遺品がありますが、文様の輪郭線を沈金(鎗金)の手法によるようになるのは嘉靖期、萬暦期になってからといいます。
存星香合は、安政二年(1855)刊『形物香合相撲』では「世話人」に位置します。


『君台観左右帳記』に「存せい 色くろきもあり、あかきもあり、ちきんのことくほりたる物、也まれに候。」とあります。
『茶具備討集』に「存清 褐色也、或為作者名」とあります。
『万宝全書』に「存清、唐作者、唐彫物師」「存清、作人の名也。此物は色赤きも有又黒きもあり、紋をあさくして地をほりて、ちんきんに似たる物也、まれなる物也、ほり目から色」とあります。
『嬉遊笑覧』に「人倫訓蒙図彙 堆朱彫の処に唐土にてハ珍星張成其外数多の名人ありといへり。是を按るにいづれもいたく誤れりとみゆ。雍州府志 漆器條に有称藤重者、元樽井氏而南京之漆工也、是漆工羽田氏之類也、至今藤嚴十一代、第七世人剃髪号藤重、特為巧手、自茲後不称樽井従倭訓号藤重、是専製中次茶器云々、この漆工もと南京の者にて樽井なる故にこれか作れる器を(其始ハ彼国の式にて作りけむハ中次茶器のみにハあらぬなるべし)やがて音に呼て樽井といへるが唐物の漆器をもしか称へしを後に創金の盆に星のこときもの有から樽井(そんせい)を存星と誤りしものと見ゆ。」とあります。
『茶道筌蹄』に「存星 星のやうなる物あるゆへ存星と云ふ説もあり、存Cと書て人の名と云ふ説もあり、時代不分明也。」とあります。
『甲子夜話』に「存星と唱申候儀は盆の地面の布目の如く彫御座候に付、是を星と見立て名付候故尤唐物にて御座候」とあります。
『髹飾録』に「填漆 即填彩漆也、磨顕其文有乾色有濕色、妍媚光滑又有鏤嵌者、其地錦綾細文者愈美豓。 磨顕填漆㯡前設文、鏤嵌填漆㯡後設文、濕色重暈者爲妙、又一種有K質紅細文者、其文異禽怪獣、而界郭空間之處皆爲羅文細條穀縐粟斑畳雲藻蔓通天花兒等紋甚精緻、其製原出於南方也」 (填漆 即ち彩漆を填するなり、磨いてその文を顕すに、乾色あり濕色あり、妍媚光滑なり、また鏤嵌のものあり、その地錦綾細文のもの愈美豓なり。磨して填漆の㯡を顕すには設文を前にす、鏤して填漆㯡を嵌するには設文を後にす、濕色重暈せるものを妙となす、また一種K質紅細文のものあり、その文異禽怪獣、而して界郭空間の處皆羅文、細條、穀縐、粟斑、畳雲、藻蔓、通天花兒等の紋をなす、甚だ精緻なり、その製もと南方の出づるなり。)とあります。

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