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炉壇

 

炉壇

炉壇(ろだん)とは、炉の内部に据える四角い箱のことをいい、この四角い箱を畳に切った穴に落し入れ、炉縁をのせ、中に灰を入れ、五徳を入れて釜をのせます。
炉壇は、木製の箱の壁面を土で塗った「炭櫃」(すびつ)と呼ばれる塗炉が本来のものですが、鉄製の鉄炉や石製の石炉、陶器のものなどがあり、現在では銅製のものが多く使われているため、他の物と区別するため炭櫃を称して「本炉壇」ともいいます。
炉壇は、「炉段」とも書き、「炭櫃」(すびつ)、「土壇(土段)」(どだん)とも呼ばれ、木製の箱を「炭櫃」、土塗り部分を「土壇」ともいいます。
炭櫃とは、「巣櫃」「素櫃」とも書き、中世には木製の方形で脚のある暖房器具を指し、金属製の「おとし」を入れ、中に灰を入れ、その中で炭を燃やして暖を取ったようで、備え付けのものや床を切って作った炉や囲炉裏のことも指したようです。
炭櫃は、檜(ひのき)で一尺四寸四方の箱を作り、その内部を微塵苆を混ぜた京都稲荷山黄土で塗り固め、上部の角は天狗上(てんぐじょう)という紙を四方に貼って、その上を薄く土で塗ります。
塗土部分である土壇は、炭櫃の縁から五分下げ、塗土は二寸二分の厚さに塗り、内寸で九寸六分四方に仕上げます。炉段の四方の寸法を二寸二分五厘、火壺を小板の寸法九寸五分四方に仕上げるとするもの、一尺に仕上げたものなどがあります。
炭櫃は、土塗り部分は毎年炉開きの前に塗り替えることになっています。
欠炉(かきろ)

炭櫃には、土壇につかえる大きな釜を使う場合に「缼炉」(かきろ)というものを用います。缼炉は、「欠炉」とも書きます。
欠炉とは、土壇を塗るときに四面の中央を櫛形に刳って、大釜のかかるようにしたものです。
欠き炉とは、炉壇を釜のために欠いたところからこの名があります。
欠き炉は、表千家六世覚々斎原叟宗左にはじまるといわれます。

『長闇堂記』に「宗易は秀吉公の御師にして、しかも其才智、世にすくれたる人なれは、天下おしなへ、此下智をまなはすと云事なし、後は利休居士と申せし、さる程に、昔の名物とも、皆おしこみすたり、茶湯あらたまり、昔の囲炉裏八寸六分を四寸になをし、ふち一寸一分、土段一寸一分、土段の内九寸六分にして、釜は九寸か善と定められし」とあります。
『和漢三才図会』に「地炉 和名炭櫃之略 茶湯用之只称炉、方一尺四寸、内方九寸六分」(地炉(すびつ)は 和名炭櫃の略 茶の湯これを用ゆ、只だ炉と称す、方一尺四寸、内方九寸六分)とあります。
『茶式湖月抄』に「居炉裏寸法 箱一尺四寸四方内法也 底にて四方より五分づヽせまし、深さ一尺四寸、板厚さ七分、外四方のさし巾一寸七分、厚さ一寸、是れは板の上ぶち一ぱいに外に付るなり、付かしといふ也、板いづれも杉上々吉、角に金物うつもあり、箱の口より五分下にて巾二寸二分つヽ四方に土を付ぬり出す、炉中九寸六分になるなり」とあります。
『和訓栞』に「すびつ 炭櫃の義、炭取ともいふ、火函をいへり」とあります。
『枕草子』に「冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず。霜などのいとしろく、又さらでもいとさむきに、火などいそぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし。 ひるになりてぬるくゆるびもてゆけば、炭櫃、火桶の火も白き灰がちになりぬるはわろし。」とあります。

     
外観  間取  天井 
     
出入口    台目構  水屋

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