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茶道茶道の道具 > 天命釜

天命釜

佐野天命 小田原天命 関東作

古天明釜 徳川美術館蔵

天命釜(てんみょうがま)とは、下野国佐野庄天命(栃木県佐野市犬伏町)で作られた茶湯釜の総称です。
天命釜は、「天明」、「天猫」とも書きます。古くは天命といいましたが、寛永十年(1633)井伊掃部頭が領したときに天命と小屋の二字を合して天明村としたと伝えられ、天猫は利休が洒落てつけたといわれます。
天命釜は、鎌倉時代には鋳造が行われていたと考えられており、最古の遺品として「極楽律寺総維坊」「文和元壬辰臘月日(1352)」の銘文のある尾垂(おだれ)釜がありますが茶湯用に造られたものではなく、茶湯用に鋳出したのは東山時代頃からと考えられており、室町時代末には筑前芦屋釜と並び称されるようになり、その後江戸時代初頭まで茶湯釜を鋳出しています。
天命釜は、桃山時代以前の作を古天命といいます。
天命釜の作風は、大体が厚作で雑器の名残をとどめ、多くは丸形で無地文が多く、鐶付は遠山、鬼面、獅子が多く見られます。
天命釜の釜肌は、芦屋の釜肌が滑らかでいわゆる鯰肌で地紋に重点を置いたのとは対照的に、粒子の粗い川砂を鋳型に打ち重ねた「荒膚」「小荒膚」、手や筆、刷毛で鋳物土を鋳型に直接弾くように付けた「弾膚(はじきはだ)」、型挽きのときあえて挽き目を誇張した「挽膚(ひきはだ)」などの荒々しい肌で、その素朴で侘びた趣が好まれました。
天命釜は、小田原でも天命風の釜が作られ古くから天猫と呼ばれましたが、天命よりは時代が下り、作風も雑器風のものが多いようです。

『茶湯古事談』に「天明釜ハ上町国佐野の天明の釜師か鋳しをいゑり、天猫とも書ぬ、世に関東釜ともいふ、古き釜の名物ハ多くハ芦屋・天明の釜なりとなん」とあります。
『釜師由緒』に「天明は阪東治工上手作也。是祖也。又佐野天明、小田原天猫は二代目より有之。天猫文字或は天命と云、小堀遠州公御改名と云う、古書に天明と書く方よしと依而我家の證文に右之文字書く也」とあります。
『茶道筌蹄』に「天猫 小田原 河内 天猫は茶かま師にあらす」とあります。

     
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