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名越政信
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名越政信(なごし まさのぶ)は、江戸時代初期の釜師で、江戸名越家二代です。
名越政信は、江戸名越家初代家昌の子で、名乗は「政信」(まさのぶ)、通称を「弥五郎」(やごろう)、入道名は詳でありません。
名越政信は、徳川幕府に召し出されて父家昌に随い年々江戸に下向していましたが、公儀御抱釜師となり、寛永十七年(1640)より江戸に居住します。
名越政信は、「作り羽落」といい、羽を落とさずに羽落(はおち)にみえるように作ることを工夫します。
名越政信は、遠州好の蝉釜、イタラ貝釜、石州好の雲龍釜と雲龍風炉、浮桶写、棗形、富士形釜、雁皮風炉などを作っています。
名越政信は、箱には「関東住 名越彌五郎政信」と認めています。
名越政信は、貞享二年(1685)没します。
『茶家酔古襍』に「正信 弥五良、上手、父家昌と同々年々江戸へ下る、寛永十七年より江戸居住、遠州公御好蝉釜、イタラ貝釜、石州公御好雲龍并風呂、浮桶写、棗形、富士形釜、雁皮風呂、貞享二年死す」とあります。
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