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和物土物水指

瀬戸 鷹取 薩摩 伊賀 信楽 備前 尹部 唐津  丹波 宇治 京焼 作物 楽焼

信楽一重口水指(柴庵) 東京国立博物館蔵

和物土物(わものつちもの)は、日本で造られた陶磁器製の水指のことをいいます。
和物土物水指は、わび茶の流行とともに、信楽、備前物の日用雑器の桶や壷などを見立てで取り上げていましたが、天正(1573〜1592)以降になると、はじめから水指として造られるようになり、利休最晩年の天正十八年から同十九年(一五九一)までの自会記『利休百会記』には、瀬戸水指が圧倒的に多く、利休が亡くなり古田織部の時代になると瀬戸・美濃・伊賀・備前・唐津・丹波などへ好みものをつかわし、諸国陶窯の興起と共に筑前・豊前・肥後・薩摩・御室焼などの水指が現れ、宗旦による楽焼の好みものも出ました。

『松屋会記』天文十三年(1544)二月廿四日堺袋縫宗徳会に「板 風呂に鶴首釜 土の水さし」、天正四年(1576)三月廿六日に「平釜 水指土の物」とあります。
『天王寺屋会記』永禄十二年(1569)十二月十七日松江隆仙会に「炉 平釜、ことくに、土物水指」とあります。
『茶具備討集』に「当世数寄者愛名之 ○滋賀楽物(しからきもの) ○備前物(びせんもの)」とあります。
『茶道筌蹄』和物土物に「瀬戸(黄瀬戸) 鷹取(筑前) 薩摩 伊賀 信楽 備前 尹部 唐津 萩 丹波 宇治」「仁清 仁和寺村清助を畧の仁清と云、又御室焼と云」「乾山 光琳弟尾形三省、鳴瀧村に住するゆへ乾山と云なり、京よりいぬいの方なる故也」とあります。
『源流茶話』に「古へ水指ハ唐物金の類、南蛮抱桶或ハ真ノ手桶のたくひにて候を、珠光 備前・しからきの風流なるを撰ひ用ひられ候へ共、なほまれなる故に、侘のたすけに、紹鴎、釣瓶の水指を好ミ出され、利休ハまけ物、極侘は片口をもゆるされ候」とありまず。

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