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大西家

浄林 浄清 浄玄 浄頓 浄入 浄元 浄玄 浄本 浄元 浄雪 浄寿 浄典 浄長 浄中 浄心 清右衛門

大西家

大西家(おおにしけ))は、京都三条釜座(かまんざ)に住した釜師の一派です。
大西家の家祖は、山城国南山城広瀬村の出で、はじめ広瀬姓を名乗っていました。
大西家は、初代浄林が浄清・浄久二人の弟達と上洛し、京名越三代三昌浄味に弟子入りし、元和二年(1620)頃に三条釜座の座人になり、広瀬姓から大西姓に改めたといいます。
大西家は、二代浄清が古田織部や織田有楽斎などの釜を手がけ、六代浄元から千家出入の釜師となります。
大西家は、二代浄清の子の定林が江戸大西家を興します。

大西家歴代
初代 浄林、仁兵衛、寛文三年(1663)歿、七十四歳
二代 浄清、五郎左衛門、天和二年(1682)歿、八十九歳
三代 浄玄、仁兵衛、貞享元年(1684)歿、五十五歳
四代 浄頓、井上 清右衛門、元禄十三年(1700)歿、五十六歳
五代 浄入、新兵衛、正徳六年(1716)歿、七十歳
六代 浄元、細野 清右衛門、宝暦十二年(1762)歿、七十四歳
七代 浄玄、細野 清右衛門、天明三年(1783)歿、六十四歳
八代 浄本、細野 清右衛門、天明五年(1785)歿、三十九歳
九代 浄元、奥平 左兵衛、文化八年(1811)歿、六十三歳
十代 浄雪、奥平 清右衛門、嘉永五年(1852)歿、七十六歳
十一代 浄寿、清右衛門、明治八年(1875)歿、六十八歳
十二代 浄典、清右衛門、明治二年(1869)歿、二十九歳
十三代 浄長、清右衛門、昭和十八年(1943)歿、七十八歳
十四代 浄中、清右衛門、昭和三十五年(1960)歿、七十三歳
十五代 浄心、清右衛門、平成十四年(2002)歿、七十九歳
十六代 当代、清右衛門

『茶道筌蹄』に「浄林 姓は大西、浄味の弟子」「浄清 浄林の弟也、兄弟共に織部公に随て関東へ行く、浄林は江戸に足を止め御釜師となる、浄清は京へ帰り住す」「浄元 浄清の子也、浄頓(浄元の子)、浄入(浄頓の子)、浄元(浄入の子)、これより道翁死後千家へ出入となる、浄玄(浄元の子)、清右エ門(浄玄の子)早世す故に弟子與兵佐兵衛家をつぐ、後浄元と云ふ、其子清右エ門大西にかへる、弟佐兵衛奥平と云ふ、清は大西、入は廣瀬、初の元井上、後の元細野、佐兵衛より大西」とあります。

     
大西浄林  大西浄清  大西浄玄  大西浄頓 
     
大西浄入  大西浄元  大西浄玄  大西浄本 
     
大西浄元  大西浄雪  大西浄寿  大西浄典 
     
大西浄長  大西浄中  大西浄心  清右衛門 

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